水素キャリアから水素を取り出すときの話
再生可能エネルギーの積極導入について、これまで以下の記事にまとめてきました:
・再生可能エネルギーの利用にまつわる問題点参照
・エネルギー貯めるいろんな方法を比較(その1、その2、その3、その4、その5)参照
そこで核となる物質に「水素」がありました。それらについては以下にまとめています:
・水素の作り方(その1、その2、その3)参照
・水素の使い方(その1)参照
今回のポストでは、いったん作った水素を、より運びやすいエネルギーキャリアへ変換して使う場合についてみていきます。
代表的な水素キャリアとして、以下のものがありました:
- 圧縮・液化水素(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その1参照)
- 水素吸着材料(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その2参照)
- 水素化物(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その2参照)
これらのうち、特に日本が注力して検討しているのは、液化水素、メチルシクロヘキサン、アンモニア、メタンの4つです。経済産業省がこれらの特性を一覧にしたものを資料にまとめています。以下に引用します[1]。
※表中MCHは、メチルシクロヘキサンを意味します。
これらの詳細について、以下に加筆しておきます。
液化水素(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その1参照)
- 水素の沸点は-253度です。
- この沸点以下にすることで水素を液化させ、体積を小さくすることができます。
- そうして液化した水素は体積・重量密度が高く、輸送しやすい形になります。
- 技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構 (HySTRA)などが中心となって検討されてきました。
この液化水素を実際に使うときには、その冷熱を回収しながら水素を取り出すことが重要になってきます。これは、「水素を取り出すときに熱をかける必要がある」メチルシクロヘキサン、アンモニア、メタンとは異なる視点です(後述)。
メチルシクロヘキサン(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その2参照)
- トルエンに対して水素を付加し、メチルシクロヘキサンを製造します。
C7H8 + 3 H2 <--> C7H14 …(1) - トルエンは常温常圧で液体であるため、そのまま運搬できます。
- 次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合 (AHEAD)などが中心となって検討されてきました。
- 利点は、既存の石油関連設備と相性が良いため、既存インフラを活かせることです。
水素化反応、つまり式(1)の右方向は205 [kJ mol-1]の発熱です。逆に、メチルシクロヘキサンから水素を取り出す反応は205 [kJ mol-1]の吸熱になります。つまり、脱水素の工程で熱を与えなければいけません。
メチルシクロヘキサン利用のチェーンは以下の通りでした:
- 海外で水素を製造
- 海外でトルエンを水素化してメチルシクロヘキサンを製造
- トルエンを日本へ輸送
- 日本にて、メチルシクロヘキサンから水素を取り出す
- トルエンを海外拠点へ運び戻す
脱水素反応が吸熱なので、工程4において日本で水素を取り出すプラントでは多くの熱供給が必要になります!
アンモニア(エネルギー貯めるいろんな方法を比較 -その2参照)
- 窒素に対して水素を付加し、アンモニアを製造します。
N2 + 3 H2 <--> 2 NH3 …(2) - アンモニアの沸点は-33度と高く、液化しやすいです。
アンモニア製造反応、つまり式(2)の右方向は91.8 [kJ mol-1]の発熱です。逆に、アンモニアから水素を取り出す反応は91.8 [kJ mol-1]の吸熱になります。メチルシクロヘキサンの場合と同様に、日本で水素を取り出すプラントでは多くの熱供給が必要になります!※アンモニアの場合には、直接火力発電所で燃料として使うことも検討されています。詳細は別のポストで述べます。
メタン
- 二酸化炭素に対して水素を付加し、メタンを製造します。
CO2 + 4 H2 <--> CH4 + 2 H2O …(3) - メタンを沸点-162度以下に冷やすことで液化し、輸送することができます。
- メタンの輸送自体はこれまでに世界的に行われており、日本は代表的な液化天然ガス(LNG)の輸入国です。
- そのため、その既存インフラをそのまま利用できるという利点があります。
二酸化炭素の水素化によるメタン生成は、164.7 [kJ mol-1]の発熱です。なので逆にメタンから水素を取り出そうとすると、164.7 [kJ mol-1]の吸熱であるため、熱供給が必要になります。メチルシクロヘキサンやアンモニアの場合と異なり、メタンから水素を取り出すプロセスは既に存在します。「メタン水蒸気改質」と呼ばれ、このプロセスを効率的に操業し水素を取り出すには、700度以上の高温が必要です。脱水素に要するエネルギーが大きく、現実的な方法ではないかもしれません。
メタンから水素を取り出さず、これまで通りメタンを燃料として使うことは可能です。ただし、その際には二酸化炭素をだしてしまうので、その回収プロセスの確立や、二酸化炭素排出に関する国際的な取り決めが必要になるでしょう。
各企業団体などは、得意なものや保有する資産をうまく活かしながら、これらを導入するよう検討しているように思います。例えば、
- 石油会社は既存設備を活かせるメチルシクロヘキサンに注力する一方で、
- 火力発電の燃料に使えるアンモニアや水素そのものは電力会社が力を入れていますね。
- メタンを製造するメタネーション技術は、ガス会社がより注力しています。
参考文献
- METI, "今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理" 2021.